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サッカーを通じて“平和”を伝える。“学生主体”の学びと挑戦——長崎大学サッカー部

 

“学生主体”を軸にしながら、技術力向上だけでなく、地域・社会貢献などの関わりも主体的に行うチームです。月1回の地域の小中学生を対象にしたサッカークリニック(教室)やビーチサッカー(チーム交流のためチームの実態に合わせた取り組み)、広島大学との平和親善試合の開催などを通じて、大学生が子どもたちの「ロールモデル」として関わる仕組みをつくっています。スポーツと平和教育を結びつけた取り組みは、長崎大学サッカー部ならではの特徴です。

そんな部の中心に立つのが、監督の田中朴通さんです。

小学生でサッカーを始めて以来、スポーツ・教育・地域・平和という価値観を軸に学生たちを育ててきた田中監督。その歩みの中には、どのような葛藤や工夫があったのでしょうか。

今回は、長崎大学サッカー部の監督、田中朴通さんにお話を伺い、監督になった背景や部のメンバーに対する想い、指導者としてこれからつくりたい未来についてお伝えしていきます。

 

——田中監督のキーワードが、“平和”と“サッカー”だと感じたのですが、長崎大学サッカー部の監督になるまでの背景について教えてください。

 

私は長崎市出身で、中学時代に山里中学校で平和教育に強く触れたことが、今の“平和”という価値観の原点になっています。大学で改めて「原爆」「平和」について考える機会が増え、同時に、小学生から続けてきたサッカーが“当たり前”ではなく、“支えがあって成り立つもの”だと感じるようになったんです。

大学3年生のとき、転機が訪れます。大学ではサッカーはしないと思っていた中で、当時の監督であり、中学時代の恩師から「主務として関わってくれないか」と声をかけられました。久しぶりに訪れたサッカー部は運営面の課題が山積みで、このままでは部が立ち行かないと感じた私は、主務として資金繰りや組織づくりに奔走。約2カ月で運営体制を立て直し、その流れの中で「監督を引き継いでほしい」と声を掛けられ、2017年4月に監督へ就任しました。

 

 

——2025年現在は、教員をしながら監督業をしていると伺いました。教員を志した背景についても教えてください。

 

幼い頃から「先生になる」というイメージが漠然とありました。進学するたびに小学校、中学校、高校と、身近にいる先生の姿に影響を受けていたことも理由のひとつです。

また、双子の兄と進路を分けるために文理選択では、兄が理系が良いというので、私が文系を選びました。偶然ではありますが、現在の国語教師としての道に繋がっていると感じています。人とのつながりや偶然の積み重ねではありますが、結果として“教える立場”に立つことで、生徒と真剣に向き合いながら自分自身も成長できている実感があります。

 

——監督として指導する中で、過去に影響を与えてくれた経験や人物はいますか?

 

大学4年生の時に国体スタッフとして活動した経験が、指導者としての考え方に大きな影響を与えています。そこで出会った指導者の方々を見て、指導者は自分の色を出していいと実感したことが、自信を持って学生と向き合う原点になっています。

また、大学4年生の時に、早稲田大学で監督を務める(2025年11月当時)兵藤慎剛さんとの出会いは、私の人生を大きく変えてくれました。長崎の子どもたち向けのサッカークリニックを一緒に運営する中で、子どもたちとの向き合い方や考え方を常に学んでいます。兵藤さんの「長崎を盛り上げてほしい」という言葉は今でも大きな力になっています。

 

——監督から見た“学生の変化”はありますか?

 

ここ数年で、学生たちの雰囲気や考え方には変化を感じています。特に顕著なのは「衝突を避ける傾向」が強まっていることです。昔はプレー中の感覚の違いをぶつけ合い、その中で議論や工夫が生まれていました。しかし近年は、まず理屈から考える学生が増え、根拠が揃わないと行動に移しづらい傾向があります。

 

 

——学生の変化の背景にあるものは何だと思いますか?

 

大きく2つあって、ひとつはコロナ禍の影響です。中高生という大切な時期に自由が制限され、挑戦や失敗の機会が少なかったことで、「やってみる前に慎重になる」傾向が強まっていると感じます。もうひとつはスマートフォンの普及です。対面で議論したり、感情をぶつけ合ったりする経験が不足し、コミュニケーションのハードルが上がっています。その結果、自分の考えを言葉にして伝える力が弱まり、行動に踏み出しづらい学生が増えているように感じます。

 

——“学生の変化”という課題を感じる中で、どのようなアプローチで学生を育成していますか?

 

大切にしているのは、大学生を「地域のハブ」として育てることです。そのために、地域の子どもたちとの関わりを積極的に増やしています。月に一度のサッカークリニックや、地域チームとのビーチサッカーなど、一緒に遊び・学ぶ場をつくることで、学生は自然と“見られる立場”を経験するようになるんです。その中で、子どもの前ではスマホを触らない、積極的に声をかけるなど、ロールモデルとしての振る舞いを意識するようになり、主体性や表現力が少しずつ育まれているのを感じています。

大学生が「上の世代と下の世代をつなぐ立場」に立つことは、自分の言葉や行動が誰かに影響を与える実感が得られるよい経験です。その経験が、やりがいや責任感の芽生えにもつながって、プレーやチームワークにも生きていると思います。

 

 

——広島大学との平和親善試合を始めた背景や、やってみて感じたことを教えてください。

 

広島大学との平和親善試合を始めた大きな理由は、県外出身の部員が多い中で「長崎で学ぶ意味」を改めて感じてもらいたかったからです。長崎には原爆や平和にまつわる歴史がありますが、県外ではその歴史を学ぶ機会は多くありません。せっかく長崎という土地に来た彼らに、“教科書の知識”ではなく、土地に触れながら考える機会をつくりたいと思いました。また被爆者の高齢化が進む今、サッカーという自分たちのフィールドを通じた“新しい平和の伝え方”が必要だと考えたことも理由の一つです。

 

——企業との連携で大切にしていることについて教えてください。

 

私たちは、企業を“スポンサー”ではなく、地域を共につくる“パートナー”と捉えています。私たちは単に支援を受けるのではなく、“長崎”という地域を一緒につくっていく仲間として協働したいと考えているからです。実際、広島大学との平和親善試合では、企業寄付を原資にした「西遊基金」を活用し、サッカー部だけでなくバスケットボール部や文化系団体も巻き込んだ大規模イベントを開催しました。学生にとっては地域企業や社会人と関わる貴重な機会となり、企業側にとっても大学生のエネルギーに触れ、新しい価値を生むきっかけになっています。

利益を交換する関係ではなく、「長崎をより良くしたい」という思いを共有し、共に挑戦できる企業と連携する──“共創型のパートナーシップ”こそ、私たちが目指す姿です。

 

 

——協賛を検討する企業へメッセージをお願いいたします。

 

長崎大学サッカー部は、サッカーの強化だけでなく、地域交流や平和学習を通じて「長崎で学ぶ意義」を体現する取り組みを行っています。企業の皆さまと価値観を共有しながら取り組むことで、活動はさらに広がりを持ちます。

長崎、九州、そして日本を一緒に盛り上げていく仲間として、ぜひ私たちと対話し、共に取り組みを育てていければと考えています。

 

——最後に、学生や未来の部員に対するメッセージをお願いいたします。

 

長崎大学サッカー部は、設立から63年の歴史を持つ部活です。60年以上続く伝統は、誰かが守ってきたものではなく、代々の学生が積み重ねてきた努力の証です。これから部に入る皆さんにも、その歴史を受け継ぎながら、自分らしい挑戦をしてほしいと思っています。

長崎大学サッカー部は、ただサッカーが強くなるだけの場所ではありません。仲間と本気で向き合い、地域と関わり、社会に出てからも活きる力を育てられる環境です。部の運営や地域活動を通して、“人のために動くことの価値”を学べるのは、この部ならではの魅力だと思います。

ここで過ごす4年間が、人生の中でかけがえのない経験になるよう、一緒により良い部をつくっていきましょう。

 

 

 

田中朴通
長崎大学サッカー部 監督

長崎県出身。中学の平和教育や大学での学びを通じて、「平和」と「スポーツの価値」を強く意識するようになる。大学サッカーの価値を上げ、生涯スポーツとしてのサッカーになるように働きかけている。2016年度には主務として長崎大学サッカー部に入部。その後、2017年に監督へ就任し、現在は長崎南山中学・高等学校の国語教師として働きながら九州大学サッカーリーグ1部を目指して長崎大学サッカー部を指導している。その他にも子どもの育成と地域貢献活動に取り組みながら、大学生を社会のリーダーに育てようと日々奮闘している。