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未経験から日本一へ。その経験は営業の現場でどう活きるのか——立教大学ボート部OB 勝又晋一

現在、スポーツトラクターや芝刈機などの専門機械を扱う東興産業株式会社で営業を担当している勝又晋一さん。大学で未経験からボート競技を始め、4年次には全日本選手権で優勝を果たしました。

卒業後は実業団選手として戸田中央総合病院(TMGグループ)に入職し、仕事と競技を両立。コロナ禍では活動自粛や大会中止に加え、部の存続にも関わる危機に直面しました。そのなかでクラウドファンディングに取り組み、多くの人に支えられた経験は、現在の仕事にもつながっています。

競技を引退した後は、東興産業株式会社に入社。未経験の営業職として、専門機械の知識を一つずつ身につけながら仕事に向き合っています。今回は勝又さんに、大学時代の競技生活、実業団時代の経験、現在の仕事への向き合い方について伺いました。

 

——これまでのご経歴と、現在のお仕事について教えてください。

 

私は大学でボート競技を始め、卒業後は実業団選手として戸田中央総合病院(TMGグループ)に入職しました。本部総務部に配属され、システム管理や広報誌の作成、ホームページの運用などを担当しながら、競技を続けていました。

入職当初は、朝5時から練習し、8時半から夕方までフルタイムで働き、仕事後に自主練習をする選手がほとんどのチームでした。チームとして結果を出し、全員が強化指定選手になってからは、午後1時まで働き、その後に練習へ向かう形に変わりました。そうした仕事と競技を両立する生活を6年間続けました。

2023年に競技を引退し、現在は、祖父が創業した東興産業株式会社で働いています。事業部長として、営業とメンバーのマネジメントを担当しています。

営業として扱っているのは、野球場やサッカー場などの維持管理に必要なスポーツトラクターや芝刈機などの専門機械です。プロ球団をはじめ、国や自治体が運営する競技場などのお客様に対して、用途や課題に合わせた提案・販売を行っています。

 

写真提供 / JARA広報 山本

 

——大学時代は、どのような環境で競技に取り組んでいたのでしょうか。

 

高校まではラグビーをしていて、大学で始めたボート競技は、まったくの未経験でした。入部を決めた理由も、最初から競技そのものに強いこだわりがあったというより、さまざまな背景を持つ仲間と寮生活を送りながら、未経験から日本一を目指せる環境に魅力を感じたからです。

入部当初は技術面でも体力面でも苦労しましたが、同期と切磋琢磨しながら競技に取り組みました。その結果、2年生のときに全日本新人選手権で優勝し、3年生でインカレ優勝、4年生のときには立教大学ボート部創部以来初となる全日本選手権優勝など、先輩や同期、後輩に恵まれ、結果を残すことができました。全日本選手権決勝の相手は実業団の日本代表を経験した選手たちだったため、学生新聞の一面になり、大学表彰で総長杯をいただくなど、各方面から大きな反響をいただきました。

強豪校には、高校時代から日本一を経験している選手が多くいます。大学から競技を始めた私たちが4年間で彼らに追いつくには、日々すこしでも多く努力を重ねるしかありませんでした。未経験だからと諦めるのではなく、毎日の練習や準備を積み重ねる。その姿勢は、大学4年間で徹底的に身についたと思います。

 

——卒業後の進路は、どのように選んだのでしょうか。

 

大学4年次に全日本選手権で優勝した後、いくつかの実業団から声をかけていただきました。大手の強豪チームもありましたが、私が選んだのは戸田中央総合病院でした。

一番の理由は、大きなチームの中で埋もれるよりも、記憶に残る選手になりたいという思いがあったからです。大勢のうちの一人になるのではなく、「戸田中央総合病院といえば」と名前がでてくるような、チームを象徴する存在に憧れていました。

大学時代に国体へ出場した際、戸田中央総合病院の選手たちと寝食を共にしたことも大きかったです。そのときにできた縁があり、チームの雰囲気にも惹かれました。競技を続ける場所を選ぶうえで、人との関係性はとても大切な要素でした。

 

写真提供 / 山田龍偉

 

——社会人時代に直面した危機や、印象に残っている経験を教えてください。

 

最も印象に残っているのは、コロナ禍での経験です。当時私はキャプテンを務めていました。所属していた病院でクラスターが発生し、世間から厳しい声が寄せられました。部の活動は自粛となり、大会もほとんどが中止になりました。

さらに、資金面での支援を続けることが難しくなり、部そのものが存続の危機に立たされました。当時、部が所有する艇は老朽化が著しく、資金力豊富なライバルチームを相手に大会で結果を残すためには、新しい競技艇の購入は必要不可欠でした。資金を確保して、次世代の選手受け入れ先としても実業団チームを残したい。思い悩んだ私たちが出した結論は、資金集めのためのクラウドファンディングに挑戦することでした。

最初はかなり抵抗がありました。自分たちが続けたい活動のために、知人に支援をお願いしていいのかという迷いがあったからです。それでも、部を存続させるには行動するしかありませんでした。

最終的には、友人や先輩、OBなど、思い当たる限りの方に声をかけました。その結果、目標額の300%にあたる約750万円を集めることができました。

この経験を通じて、自分がそれまで築いてきた人間関係の大切さを強く感じました。祖父からは以前から、「人間関係を築くには、まず自分から人には種をまきなさい。それがいつか実になって返ってくるから」と言われていました。まさにその言葉の通り、これまで関わってきた多くの方が力を貸してくれました。

 

 

——その経験は、仕事や競技への向き合い方にどのような影響を与えましたか。

 

それまでは競技の結果こそが応援してくれる人たちへの恩返しだとばかり考えていましたが、結果だけでなく、自分たちの行動が組織にどのような価値を見出せるのかを考えるようになりました。

実業団スポーツは、直接的に売上を生み出す仕事ではありません。だからこそ、社内から厳しい目で見られることもあります。選手時代に心がけていたことは、試合に来てくださった社員の方には必ず挨拶をし、こちらからコミュニケーションを取るようにしていました。大会は日曜日に行われることがほとんどでしたが、翌日は必ず出社して、結果報告と応援にきてくださった方への御礼をするのもチームの文化にしていきました。

ボート部があることで、社員同士の会話が生まれる。会社の誇りの一つになる。そうした競技成績以外の価値をつくることも、実業団選手として大切だと感じるようになりました。

仕事に対しても同じです。「スポーツ選手だから仕事はできない」と見られたくありませんでした。だからこそ、任された業務だけにとどまらず、自分から幅広い仕事に取り組みました。業務時間外にも確認や準備を進めることもあり、一人の社員としてしっかり評価されたいという思いが強くありました。

結果として、強化指定選手としては初めて入職4年後に昇進することができました。アスリートとしてだけでなく、社員としても認めてもらえたことは、自分にとって大きな自信になりました。

 

写真提供 / 宇治川直輝

 

——現在の仕事に、体育会での経験がつながっていることはありますか?

 

大きく二つあります。

一つ目は、経験のないことでも自分で調べながら身につけていく姿勢です。

現在の営業職も、扱う専門機械、グラウンドや芝に関する知識も、最初はゼロからのスタートでした。大学時代に未経験からボートを始めて日本一を目指したときと同じように、「やったことがないから無理だ」とは考えず、まずは自分で調べて、知識を一つずつ積み重ねるようにしています。

分からないことをそのままにせず、専門知識を学ぶ。必要だと思えば、新しい営業手法や発信の方法も試してみる。こうした姿勢は学生時代から変わっていません。たとえば、ボート部の新歓活動で動画制作が必要になった際には、編集ソフトの使い方から独学で学び、一から動画を作り上げました。誰かに言われたからではなく、必要だと思ったことを自分で調べ、形にする経験が、今の仕事にもつながっています。

 

 

二つ目は、人の話をまず受け止めることです。

学生時代、OBの方々から昔の技術や練習方法について話を聞く機会がありました。当時は「今のやり方とは違う」と感じることもありましたが、まずは最後まで話を聞くようにしていました。実際に耳を傾けてみると、そのまま取り入れることはできなくても、考え方や工夫の仕方など、自分たちに応用できるヒントが多く含まれていることに気づきました。

営業でも同じです。お客様の話を最後まで聞き、何に困っているのか、何を大切にしているのかを理解するようにしています。こちらの提案を急ぐのではなく、まず相手の状況を把握することで、本当に求められていることが見えてきます。その結果、お客様に合った提案がしやすくなり、商談がスムーズに進むことも多いです。

 

——今後の進路に悩む現役の体育会学生へ、メッセージをお願いします。

 

SNSやメッセージアプリで簡単に連絡が取れるようになった今だからこそ、対面で話す機会を大切にしてほしいと思います。

今はオンラインで手軽に連絡を取れます。ただ、直接会って話すことで生まれるアイデアや、思いがけない仕事のヒントもあります。特にOBや社会人の方と話す機会は、自分の将来を考えるうえで大きなヒントになります。「こんな仕事もあるんだ」「こういう働き方も面白そうだ」と、新しい発見があることもあります。

現役のうちから、練習場に足を運んでくださるOBの方々に自分から進んで話しかけたり、OB訪問などを通じて、実際に会って話を聞く機会を積極的につくってみてください。そこで得た言葉が、すぐに答えになるとは限りません。それでも、自分の将来を考える材料は少しずつ増えていくはずです。

また、OBや社会人とのつながりだけでなく、今一緒に競技に取り組んでいる同期や先輩、後輩と過ごす時間も大切にしてほしいです。社会人になると、これほど一つのことに打ち込める時間はなかなかありません。競技で結果を出すことはもちろん大切ですが、チームの中で自分がどのような役割を果たすのか、周囲とどう関わるのかにも向き合ってほしいです。

体育会での時間は、結果だけで価値が決まるものではありません。日々の練習、仲間との関係、うまくいかなかったときの向き合い方。その一つひとつが、後から自分の仕事や生き方を考える材料になると思います。後悔のない4年間を過ごしてください。

 

 

勝又 晋一
東興産業株式会社 事業部長 / 立教大学ボート部 OB

1994年生まれ。大学入学後に未経験からボート競技を始め、4年次に創部初となる全日本選手権優勝を果たす。卒業後は実業団選手として戸田中央総合病院(TMGグループ)に入職。総務や広報業務に携わりながら仕事と競技を両立し、強化指定選手として異例の昇進も経験する。現役引退後は東興産業株式会社にて、スポーツトラクター等を扱う専門機械の営業職として活躍中。