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強者との差を、正しく埋める。世界基準の環境で身につけた一生モノのビジネススキルとは——早稲田大学卓球部出身 須山廉

早稲田大学先進理工学部応用物理学科。実験と50ページ以上に及ぶレポート作成や物理の中でも様々な分野の演習問題をこなす傍ら、週6日の練習に打ち込んだ「早稲田大学卓球部」での日々。今回インタビューしたのは、プロや実業団選手を何名も輩出する伝統ある体育会の環境に身を置き、現在はソフトウェアエンジニアとして「世の中の負の解消」に情熱を燃やす須山廉さんです。

法人営業、海外駐在、ソフトウェアエンジニアへの転向、そして社会人になってから米国のオンライン大学に再入学。一見、予測不能に見える彼のキャリアの歩みの裏側には、体育会時代にインストールされた「世界基準のOS」がありました。名門部活動での試行錯誤がいかにして一生モノの武器へと昇華されたのか。その真意に迫ります。

 

 

——須山さんの簡単なご経歴と今のお仕事について教えてください。

 

私は現在、identify株式会社で、SNS広告事業者向けの動画素材販売プラットフォームの開発にエンジニアとして携わっています。

これまでのキャリアを振り返ると、少し異色かもしれません。早稲田大学の大学院(修士課程)を中退して新卒でレバレジーズ株式会社に入社し、まずは法人営業からスタートしました。その後、シンガポールでの法人営業を経て、部長、役員への直談判でエンジニアへと転向させていただきました。その後、エネルギー問題をIoT × スマホアプリで解決するインフォメティス株式会社を経て、現在のidentify株式会社に至ります。

一貫しているのは「世の中の負を解消したい」という思いです。改めて振り返ると、SDGsに関連した問題にばかり興味が向いてきています。レバレジーズでの人材の最適配置(働きがいと経済成長問題)、インフォメティスでの電力をITで見える化と制御(エネルギー問題)への挑戦、そして現職での幅広い年齢層の方々の個性にスポットライトを当てるビジネス(ジェンダー平等問題)へと繋がっています。現在は、ソフトウェアエンジニアのプロになるため、情報学を基礎から体系的に勉強したいと思って、働きながらコンピュータサイエンスの学位を取得すべく業務時間外で2度目の大学に通っています。自分の武器を磨き続け、今年からは「相模原市の多胎児コミュニティーのIT課題」といった地域社会の課題解決にもプロボノとして取り組み始めています。

 

 

——日本トップレベルの早稲田大学卓球部で過ごした学生生活はいかがでしたか?

 

小学6年生から卓球に打ち込んできましたが、早稲田の卓球部はまさにトップレベルの環境でした。週6日の練習、トレーナーを雇ってトレーニングや食事、体のケアに関する指導、平日の大会参加など、生活のすべてが競技中心でした。しかも、周りには御内健太郎さん、笠原弘光さん、高岡諒太郎さん、松平健太さん、大島祐哉選手といった、プロ・実業団選手として世界で戦うレベルの選手たちが当たり前にいました。

私がこの環境を選んだのは、一度で良いから人生をかけて卓球をしている人達と同じ環境に属して、自分自身も全国レベルの選手になりたかったからです。しかし、入部当初の現実は甘くありませんでした。スポーツ推薦やインターハイ経験者ばかりの猛者たちの中で、インターハイ出場経験すらない私は、20数人の部内リーグで「最下位」からのスタートで、まさにどん底からの大学生活でした。

 

——部内最下位というどん底から、レギュラーの座を掴み取った経緯を教えてください。

 

「ビリからレギュラーになる」と目標を掲げた日から、私の試行錯誤が始まりました。ただがむしゃらに練習するのではなく、目の前の「プロ予備軍」たちの行動を徹底的に観察したのです。部内メンバーの得意不得意は何か、同じ戦型(カットマン)のトップ選手は戦術面でどういう試合を組み立てて、その戦術を実行するためにどういう得意技、安定した技術を持っているのか。自分に足りない要素を一つずつ埋めていきました。

結果として、4年生の最後の早関卓球定期戦(早稲田大学 × 関西学院大学の年に一度の定期戦)で、部内のインターハイ経験者たちを抑えて自らの実力でレギュラーの座を掴み取ることができました。出場した試合では、当時、関西学生卓球選手権大会でダブルスで1位だった選手から1セットを奪い、「どんなにビハインドがあったとしても、自分と強者の差をコツコツと埋めていけば、きっと成果はついてくる」という自信が、今の私のキャリアを支える最大の成功体験になっています。

 

 

——大学院での研究から営業、そしてエンジニアへ。異色のキャリアを歩む理由を教えてください。

 

私が新卒で「営業職」を選んだのは、自分の弱点と向き合いたかったからです。帰国子女として育った私は、日本語の対人コミュニケーションに強い苦手意識がありました。プロの社会人として生きていくために、まずはコンプレックスだった日本語力を矯正したいと思いました。また、学生時代は「自分のために」卓球をしていたので、社会人からは「誰かのために」行動することで、利他的なマインドセットをインストールしようと思い、営業職をファーストキャリアとして選びました。

その後、シンガポールでの営業を経てエンジニアに転向したのは、当時の上司から強要されたスプレッドシートの関数を駆使した営業の数値管理が、プログラミングと共通するものがありそうと感じたのがきっかけでした。その時、理系出身として、自分の思考性と世の中の需要が合うのはエンジニアの世界だと感じました。エンジニアになってから大学に入り直して基礎から勉強し直しているのは卓球と同じで「プロを目指すなら基礎の習得が最短経路」であるという確信があったからです。実際今でもそう思っています。

 

——体育会時代のご経験が、今どう活きていると思いますか?

 

一番は「プロ基準」が自分の中に確立されたことです。卓球部時代、目の前でプロとして生きる選手たちを見てきました。彼らにとって、準備、練習、トレーニング、ケアの徹底は「当たり前」でした。

仕事でも、壁にぶつかった時に「この程度で満足していいのか?」と自問自答します。全国レベルの卓球部での厳しい日々や、部内で最下位から這い上がった経験があるので、ビジネスでも努力の仕方、努力の量を間違えなければどんな困難でも乗り越えられるだろうと思います。この「自信」と、自分を客観視して成長し続ける「世界基準のOS」こそが、体育会で得た最大の武器だと思っています。

 

 

——今、目の前の競技や将来に悩む現役学生に向けて、アドバイスをお願いできますか?

 

現役の皆さんには、学生のうちに「質の高いOS」を自分の中にインストールしてほしいと思っています。

社会に出れば、「仕事」は営業や企画、エンジニアと人によって変わっていくでしょう。しかし、その下で動く「OS」が、部活動で磨いた「高い基準値」や「理想と現実のGAPを埋める思考」であれば、どんな分野でも一流になれます。

逆に避けてほしいのは、「仕事は仕事、プライベートはプライベート」と割り切って、過去の栄光にすがる人になってしまうことです。部活で死ぬ気で取り組んだ試行錯誤、泥臭いプロセスを、社会に出てからも「仕事」というフィールドでそのまま継続して上を目指してほしいです。

スポーツを極める過程では、競合を分析するマーケティング視点や、目標から逆算して自分を追い込む自己管理能力など、ビジネスにそのまま転用できる思考プロセスが自然とインストールされます。これこそが、部活動で得られる「質の高いOS」の正体です。

だからこそ、今はただ汗を流すだけでなく、本を読んで知見を広げるなど、理論と実践の両輪で競技に打ち込んでみてください。今、目の前の競技を通じて自分の中に組み込まれたOSは、10年後、20年後のあなたを支え続け、どんな困難も突破させてくれる一生モノの財産になるはずです。

 

 

identify株式会社
須山廉

早稲田大学先進理工学部卒、同大学院中退。体育会卓球部にて、部内最下位からレギュラーを掴み取った経験を持つ。2016年レバレジーズ入社。法人営業、シンガポール勤務を経てソフトウェアエンジニアへ転向。インフォメティス株式会社を経て、現在はidentify株式会社にてフルサイクルエンジニアや新規事業の開発責任者として活躍中。「世の中の負を解消したい」を人生のミッションに掲げ、現在は実務の傍ら米国のオンライン大学でコンピュータサイエンスを専攻。技術とビジネスの両面で自己研鑽を続けている。