全国レベルとの差にどう向き合うか。強い相手に挑み続けるための思考法——同志社大学ボウリング部OB 齊藤正浩
株式会社ネクサストラスティで常務取締役を務め、不動産の売買仲介・管理・開発に携わる齊藤正浩さん。同志社大学経済学部在学中に体育会ボウリング部に入部し、卒業後は大阪厚生信用金庫で金融の現場を経験しました。その後、家業や他社の支援を経て、現在は土地の仕入れや区画整理、分譲に向けた開発まで、不動産を形にしていく仕事に取り組んでいます。学生時代は、全国レベルの選手との大きな差に向き合いながら、どうすれば勝つ可能性を広げられるかを考え続けてきました。今回は、齊藤さんに、ボウリング部での経験がどのように仕事に活きているかを伺いました。
——これまでのご経歴と、現在のお仕事について教えてください。
同志社大学経済学部を2006年に卒業し、新卒で大阪厚生信用金庫に入りました。信用金庫では7年ほど働きました。
最初の1、2年は外国為替の部署にいて、その後は融資に関わる内勤業務を担当しました。外回りの営業担当が取ってきた融資案件について、不動産物件の調査や決算書の確認などをしていました。その後は外回りの営業担当になり、年金、積立預金、投資信託、保険、貸付、外国為替など、幅広い商品を扱っていました。
信用金庫を選んだ理由は、地元に近い場所で働きたいという思いがあったからです。。私は大阪の平野が地元で、いずれ家業に関わる可能性もあると考えていました。地域に根ざした金融機関であれば活動エリアも比較的限定されており、地元に近い環境で働きながら、多様な業種の企業と関わることができると考えました。
その後は家業に入り、あわせて他の会社やコンサル会社の手伝いもしてきました。現在のメインの仕事は、株式会社ネクサストラスティでの不動産事業です。常務取締役として、不動産の売買仲介や管理、開発に携わっています。
家業で扱っていた不動産は賃貸が中心でした。持っている資産をどう貸していくか、条件をどう調整するかという仕事です。現在関わっている不動産は、より開発や販売に踏み込む仕事です。たとえば土地をいくつか買い上げ、区画を整理し、販売まで進めていくような仕事をしています。
——大学ではどのようなきっかけでボウリング部に入ったのですか?
新入生歓迎の場でボウリング部に勧誘されたことがきっかけでした。
もともと父が会社のボウリング部に所属していました。大学に入るころは、高校を卒業したばかりで、父との会話が少なくなっていた時期でもありました。
ただ、大学まで進学させてもらっていることもあり、何か共通の話題があればいいなと感じていました。
最初は、ボウリングならある程度は簡単にできるだろう、気軽に始められるだろうという感覚でした。ところが、実際に入ってみると思っていたよりもずっと難しく、競技としての奥深さがありました。
技術的に考えることは多いですし、競技として取り組む以上、フィジカルも必要です。入部してから、「競技としてのボウリングは、ここまで徹底して向き合わなければならないのか」と感じました。そこは大きなギャップでした。
——当時のボウリング部は、どのようなチームでしたか?
私が現役だったころのチームは、全国上位を争うような強豪ではありませんでした。目標としては昔から全日本大学選手権での優勝を掲げていましたが、当時の自分たちにとっては簡単に届く目標ではありませんでした。ただ、大学生としてボウリングに取り組む以上、目指す場所は全国制覇でした。
練習は週に数回あり、それに加えて自主練習もしていました。授業との両立は大変で、特に3・4年生になると、授業のために京都市内の今出川キャンパスに行き、練習は京田辺市で行うような形になります。練習時間が決まっているため、その前後で授業や自分の予定を調整する必要がありました。

——学生時代に、特に印象に残っている経験はありますか?
関西のリーグ戦で、あと一歩のところで優勝を逃した年がありました。そのときは、普段あまり泣かない自分でも思わず涙が出ました。
自分でも思っていた以上に悔しく、競技にそれほどまで気持ちを注いでいたのだと、そのときに初めて気づきました。
大人になって振り返ると、学生時代にあのような悔しい経験ができたことは大きな意味があったと感じています。もちろん、勝つ喜びも大切です。ただ、負けた悔しさを一度経験しておくことは、社会に出る前に必要なことだと思います。
その悔しさを知っているからこそ、もう同じ思いはしたくないと思えるようになります。社会に出てからも、悔しい結果にならないように、事前にできることをやっておこうという意識につながっています。
——全国レベルの選手との差に向き合う中で、どのように考え方が変わりましたか?
練習して上達するほどに、埋められない差がはっきりと見えてくることが、とてもつらく感じました。
大学の部活動には、小学生の頃から本格的に競技に取り組んできた選手や、日本代表レベルの選手がいます。最初は、少し努力すれば追いつけるのではないかという気持ちもありました。しかし、自分が上達するにつれて、相手のすごさがより鮮明に分かるようになっていきました。
ボウリングは、長い試合数を重ねれば実力差は表れます。しかし、1ゲーム、2ゲーム、3ゲームといった短い勝負であれば、勝てる可能性がまったくないわけではありません。試合では3ゲームを1セットのようにして戦うこともあり、その3ゲームに限れば、強い相手に勝てることもあります。
だから、自分の可能性をどう引き上げられるかを考えるようになりました。ただ投げ込む量を増やすだけでは追いつけません。もちろん練習量は必要ですが、それだけでは不十分です。相手より威力の高いボールを投げることを目指すのではなく、10本を倒せる確率をどれだけ高められるかを意識していました。
ボウリングではレーンにオイルがあり、ミスが許される範囲があります。その幅をどう広げるかを考え、強い球よりもストライクになりやすい場所を探すようになりました。

——ボウリング部で得た考え方は、仕事にどうつながっていますか?
一つは、最後まで諦めずに向き合う姿勢です。
ボウリングは、最終的には自分がどれだけ良い投球をできるかが重要です。ただし、試合では相手の点数も結果に影響します。自分が最大限の準備をしていても、勝敗は相手の状態やミスによって左右されることがあります。
これは、社会に出てからの仕事にも通じる部分があります。銀行時代の営業でも、難しいと感じる案件がありました。競合する金融機関がより良い条件を提示してくると聞けば、通常であれば諦めたくなる場面もあります。
ただ、最後まで何が起こるかは分かりません。相手の事情が変わり、「やはりお願いします」と言われることもありますし、競合の条件が良く見えても、別の条件が合わずにこちらへ戻ってくることもあります。
競技でも、負けたと思った試合が、終盤に相手のミスで逆転することがありました。ただ、それは自分が最後まで全力を尽くしていたからこそ起きたことです。途中で手を抜いていれば、相手が崩れても勝つことはできません。
仕事でも同じで、負ける可能性が高いからといって途中で諦めるのではなく、最後に逆転できるかもしれないと考えて動く。その感覚は、ボウリングを通じて身についたものだと思います。
——現在は母校のボウリング部でコーチもされていますが、その経緯を教えてください。
ボウリング部でコーチを始めたのは、数年前年です。
きっかけは、1学年上の先輩が監督に就任したことでした。その先輩が全日本大学選手権での優勝を目指しており、全国を回って有望な選手を探すために協力してほしいと声をかけていただきました。
私自身は、自分の会社を経営していたり、別の会社で役員を務めていたりと、定時勤務ではない働き方をしていました。そのため比較的時間の融通が利きやすく、こうした活動にも関わることができました。
ただ、強い選手であれば誰でもよいというわけではありません。部内に悪影響を及ぼす可能性のある学生を受け入れてしまうと、チーム全体に影響が出てしまいます。そのため、実力だけでなく、周囲との関係性や評判も含めて総合的に見ていく必要があります。私が関わっているのは、そうした選手の選定や周辺情報の確認といった部分です。
この数年で、部は着実に力をつけてきました。全国でも高い実力を持つ選手が入部したことで、その選手を目標に入ってくる学生が増えています。高いレベルの選手たちが日常的に練習している環境に一般入部の学生が加わることで、その基準が自然と共有されるようになります。その結果、一般入部の学生の成長も早まっていると感じています。

——体育会に所属していたことが、仕事で活きていると感じる場面はありますか?
不動産の仕事に関わるようになってから、体育会に所属していたことのメリットを強く感じています。
同志社大学の体育会のつながりを通じてOBの方々と関わる機会が増え、先輩方が後輩を大切にしてくださる文化を実感しました。同じ大学・体育会出身だと分かるだけで距離が縮まり、仕事の話を聞いていただけることもあります。
不動産は大きな金額が動くため、通常では接点を持ちにくい企業と関われるかどうかが重要です。その点で、体育会のネットワークは大きな強みだと感じています。
学生時代はその価値を意識していませんでしたが、社会に出てからは大きな財産だと実感しています。これからはAIで代替できる仕事も増える中で、人とのつながりの価値はさらに高まっていくのではないかと思います。
——今後のキャリアに悩む現役の体育会学生へ向けたメッセージをお願いします。
学生のうちに、悔しい思いをしてほしいです。
もちろん、勝つ喜びや目標を達成する嬉しさも味わってほしいです。全国制覇を目指して、本当に達成できたら、それは素晴らしいことです。ただ、それ以上に、一度や二度は本気で悔しい思いをしておくことが大切だと思っています。
社会に出てからの挫折は評価に直結しやすく、立ち直りにも時間がかかります。一方、学生時代の体育会では、負けてももう一度立ち上がる経験ができます。
競技で負ける悔しさは、苦しいものです。ただ、社会に出る前にそれを経験できるのは大きいです。悔しい思いをしたからこそ、次はそうならないように準備しようと思えるようになります。
私自身、あと一歩で勝てなかった悔しさや、強い相手との差に向き合った経験が、仕事で最後まで諦めずに動く姿勢につながっています。体育会の活動は、そうした経験ができる貴重な場だと思います。
だから、現役の学生には、勝つことだけでなく、負けたときの悔しさにも向き合ってほしいです。その経験は、すぐに意味が分からなくても、社会に出てから自分を支えてくれる場面があると思います。
齊藤 正浩(さいとう・まさひろ)/ 株式会社ネクサストラスティ 常務取締役
同志社大学経済学部卒業。在学中はボウリング部に所属。卒業後、大阪厚生信用金庫を経て不動産業に携わり、現在は不動産の売買仲介・管理・開発に携わる。母校ボウリング部のコーチも務める。