教師・コーチ・選手・父として向き合う、スポーツを続ける意義——京都教育大学アメリカンフットボール部OB 中村臨太郎
小学校の教師として働きながら、社会人アメフト選手、大学チームのヘッドコーチとしても活動する中村臨太郎さん。教師、コーチ、プレイヤー、父親という4つの立場を大切にしています。小学校から高校までは野球に打ち込み、大学で初めてアメフトに出会いました。クォーターバックとして主将を務める一方で、相次ぐけがにも苦しみます。その経験を通じて「何のためにスポーツをやるのか」を考え抜いたことが、今の仕事観にもつながっているといいます。今回は、中村さんに、体育会での経験が今の仕事や生き方にどうつながっているのかを伺いました。
——現在のお仕事とご経歴について教えてください。
現在は京都府宇治市にある西小倉学園で小学校教員として働いています。もともとあった3つの小学校が統合して新しくできた小中一貫校です。クラス担任をしながら、体育主任や学年主任、宇治市の体育部長といった役割も担当しています。
スポーツでは、小学校から高校まで野球を続けていました。大学からアメリカンフットボールを始め、社会人になった今もプレイヤーとして続けています。35歳になりますが、まだ現役です。5年ほど前からは、大学チームのヘッドコーチも務めています。今は、京都サウスベアーズという社会人チームでプレーしながら、京都教育大学グランパスを指導しています。
——大学でアメフトを始めたのは、どのようなきっかけだったのですか?
高校まで野球をやり切った感覚があり、大学からは新しいスポーツを始めたいと思っていました。その候補の一つがアメフトでした。
勧誘で話を聞くうちに、戦略が重要な競技だと感じました。ボディコンタクトもあるため、体を鍛えた分がプレーに反映されやすいです。もともと筋トレが好きだったので、その点も自分に合っていると思いました。
中学生の頃に読んだ『アイシールド21』の影響もあり、アメフトには以前から関心があり、大学で実際に始めることにしました。

——アメフト時代は、どのような立場でチームに関わっていたのですか?
クォーターバックというポジションで、3回生の時に主将を務めました。当時は3回生が幹部を務める体制でしたが、勝つためには4回生も責任を持つ必要があると考え、自分たちの代から役職のあり方を見直しました。
4回生も役職を持つようにしたのです。私は3回生で主将兼オフェンスリーダー、4回生では副将としてオフェンスリーダーを続けました。
——アメフト部時代に、特に印象に残っている経験はありますか?
けがのことが強く残っています。3回生の時に鎖骨を折り、4回生の時には膝の前十字靭帯を切りました。中心選手として、そして幹部としてチームを引っ張らないといけない立場でしたが、自分が力を発揮できない状態になってしまった。プレーで引っ張れない状況は、かなり苦しかったです。
4回生の最後の試合は、手術をすると間に合わなかったため、靭帯を切ったまま装具をつけて出場する決断をしました。最後のシーズンでしたし、この足で本当にやれるのかという不安もありました。
そんな時、試合の前日に「お前が好きなようにやったらいい。お前がやって、それで負けるなら俺はいい」と周囲の仲間から声をかけてもらえました。それが本当に嬉しかったです。結果として入れ替え戦には進めませんでしたが、優勝候補だった大阪経済大学に勝利することができました。しっかりと準備を重ねたことでチームに一体感が生まれた経験は、今でも良い思い出として残っています。
——けがを通して、得たものはありましたか?
たくさんあります。まず、「プレイヤーとしてプレーできない=ダメ」ではないと思えるようになりました。プレー以外の形でも、チームに貢献できると感じたのです。
プレーしている時は、自分のプレーの一部分にしか集中できていませんでした。けれど一歩引いて見ると、自分たちが高いパフォーマンスを出せるようにドリンクを準備してくれたり、細かいところまでこだわって支えてくれたりする人がいると分かりました。自分自身もそういう役割を担うようになり、見返りを求めずに動くことの大変さも分かりました。だからこそ、支えてくれる人にはきちんと感謝しようと思えました。
もう一つは、「何のためにスポーツをやっているのか」を考え抜いたことです。最終戦の前には、2部昇格の可能性がなくなっていました。勝つことが目標でなくなった時に、自分は何のためにやっているのか、徹底的に向き合いました。
たどり着いたのは、勝つことだけが目的ではないという考えです。もちろん、勝ちを目指すのは大前提です。ただ、勝利を目指す過程で、周囲への感謝や人の役に立とうとする姿勢を育てることに、スポーツの意味があると考えるようになりました。
——大学時代の競技生活の中で、特に考え方が変わった経験はありますか?
クォーターバックとしてのスキルを高めるため、部活とは別に通っていた「QB道場」には大きな影響を受けました。チームや学年を超えて、クォーターバックとして成長したい人が集まる、練習や指導を受けられる場所です。当時は2週間に1回ほど集まって教わっていました。
もともとは技術を磨くために通い始めましたが、そこで「クォーターバックはリーダーでなければいけない」と教わりました。周りを巻き込む力が必要で、どれだけ苦しい状況でも「俺たちは行ける」と示せる存在でなければいけないと学びました。プレーだけでなく、練習態度のような部分でもそれを示す必要があり、そのためには人間性の高さが求められると感じました。
道場長の新生さんという方には、今もお世話になっています。ここに通っていなければ、こうした考え方に気づけなかったかもしれませんし、今もアメフトを続けていなかったかもしれません。アメフトそのものの面白さも、ここで深く理解できました。
——教員を目指したのは、いつ頃からですか?
教師を目指した原点には、小学校の担任や高校時代の野球部顧問との出会いがあります。人の成長に関われることにやりがいを感じ、教育の道を選びました。また、その経験から学校という場所自体にも魅力を感じるようになりました。
自分が学んだことや知識を誰かに伝え、「分かりやすかった」と言ってもらえることに喜びを感じるようになりました。その結果として、相手が成長することに、大きなやりがいを感じています。この感覚は、コーチとしても教師としても共通しています。

——父親、プレイヤー、コーチ、教師。4つの立場への向き合い方を教えてください。
父親・プレイヤー・コーチ・教師という4つの立場を切り離さず、それぞれの経験を互いに生かしています。4つを合わせたときに胸を張れる人でありたいと考えています。
興味深いのは、どれか一つで得たことが、残りの三つにもつながることです。学校で「こう教えると伝わる」と気づいたことが、大学生を指導する時に役立つ。プレイヤーとして自分のために取り組んだトレーニングの工夫が、コーチとしての指導につながる。そういうことが多くあります。
ただ、最初から4つをつなげようと意識していたわけではありません。教師の仕事は忙しく、仕事に全力で向き合う日々が続きました。子どもが生まれる前、コロナ禍で家族の健康と安全を優先し、練習や試合を控える決断をしました。それでも一人でトレーニングを続け、最終戦に数プレイだけですが、出場できた時は大きな達成感がありました。この経験から、試合に出られなくても努力できる自分に気づき、スポーツとの向き合い方が変わりました。スポーツはこれからも自分にとって大切な存在だと感じています。
——アメフトでの経験が、今の仕事に生きていると感じる場面はありますか?
一番は、人との関係づくりです。クォーターバックとして学んだ信頼関係づくりは、教室でも生きています。子どもに「この先生は自分を見てくれている」と感じてもらうことを大切にしています。担任として子どもを育てる時、教え方やテクニックももちろん大事ですが、その前に「この先生が言うなら確かにそうだ」と思ってもらえる関係をつくることが欠かせません。
特に意識しているのは、子どもを信じていると伝えることです。勉強が苦手な子ほど「どうせ自分なんて」と考えがちですが、「君ならできる」「先生はちゃんと君を見ている」と伝え続けます。先生に信頼されている、認めてもらえていると感じてもらうことは、自分の得意なところだと思っています。
高学年の担任では、子どもたちに任せる部分と教師が責任を持つ部分の線引きを意識しています。この感覚は、学生時代に幹部としてチームを動かした経験と重なります。「自分たちの力で学校を動かせる」「自分たちでこんなイベントをつくれる」と思ってもらえると、子どもは大きく育ちます。任せるべきところは任せて主体性を引き出しつつ、まだ難しい部分については教師が責任を持って方向性を示し、引っ張っていきます。この裁量の感覚は、幹部としてチームを動かした経験そのものです。最近は、子どもだけでなく、教師のモチベーションを上げたり、より良い教師の集団をつくったりすることも考えるようになりました。

——今後のキャリアに悩む現役の体育会学生へ向けたメッセージをお願いします。
現役の体育会学生には、目標を立て、現状との差を考え、行動し、振り返る経験を重ねてほしいです。競技の中でPDCAを回す力は、どんな仕事にもつながります。
私が指導しているチームは現在4部に所属しており、3部昇格を目標にしています。選手には、3部のトップチームに勝てるレベルに到達するために、自分がどのような状態になる必要があるのかを具体的にイメージさせています。可能であれば、それを数値で表すようにもしています。入れ替え戦は12月に行われるため、その時点での理想の姿と現在の自分を比較し、残りの期間で何に取り組むべきかを考えてもらっています。私自身も、よい教師・よい父・よい選手・よいコーチになるために、同じように取り組んでいます。
体育会の部活動は、こうした取り組みを実践しやすい環境だと思います。この経験を積んでおけば、どんな仕事に就いてもつながってくるはずです。そして、それを繰り返した結果として、人間性が高まっていきます。私は今、それがスポーツの一番の魅力だと思っています。だからこそ、現役のうちに、目標と現状のギャップを埋める経験をたくさんしてほしいです。
中村臨太郎(なかむら・りんたろう)/ 宇治市立西小倉学園 教師
小学校から高校まで野球を続け、大学でアメリカンフットボールを始める。クォーターバックとして主将・副将を務めた。現在は宇治市立西小倉学園で小学校教師として勤務するかたわら、社会人チーム・京都サウスベアーズの選手、大学チーム・京都教育大学グランパスのヘッドコーチを務める。教師・コーチ・プレイヤー、そして父親という4つの立場を並行して大切にしている。