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メガバンク・外資コンサルを経てスポーツ業界へ。ヘッドコーチ経験で培った「逆算思考」とは——慶應義塾大学アメリカンフットボール部OB 鈴木悠仁

幼少期をアメリカで過ごし、人種や立場の壁を越えて人々を熱狂させる“スポーツの力”に魅了された鈴木悠仁さん。慶應義塾大学では体育会アメリカンフットボール部に所属しながら、プレーヤーとしてグラウンドに立つのではなく、慶應義塾高校アメフト部の学生コーチ・ヘッドコーチとして、組織マネジメントに尽力しました。

卒業後は三菱UFJ銀行、外資系コンサルティングファームを経て、現在は念願だったスポーツビジネスの最前線で活躍しています。「やりたいこと」を仕事にするまでのリアルな葛藤や、大企業やコンサルティングファームの厳しいビジネスの現場で体育会の経験がどう活きているのかについて、鈴木さんに話を伺いました。

 

——鈴木悠仁さんの簡単なご経歴と現在のお仕事を教えてください。

 

大学4年間は体育会アメリカンフットボール部に所属し、母校である慶應義塾高校アメフト部の学生コーチを務めました。

2018年に大学を卒業した後は、新卒で三菱UFJ銀行に入行し、法人営業や融資を担当しました。その後、2年半ほどで外資系コンサルティング会社のEYパルテノンへ転職し、戦略部門で企業のM&Aに関する財務分析や事業評価などを支援する業務に携わりました。

その後、スポーツブランディングジャパン株式会社に入社し、現在はスポーツチームの協賛事業などを担当しています。新たなスポーツ施設の立ち上げにも携わっており、コンセプトづくりから建築設計、事業計画の策定までを一貫して取りまとめるプロジェクトマネージャーとして活動しています。

また、本業とは別に、社会人アメリカンフットボールチームの経営やマーケティングにも携わっています。

 

 

——そもそも、スポーツ業界や、プロスポーツチームの経営に興味を持ったのはなぜでしょうか?

 

原体験は、私が小・中学生の頃、アメリカ・ニューヨークに住んでいた時の経験です。私が住んでいた地域には、白人、黒人、アジア人などさまざまな人種の人々が暮らしており、富裕層の家庭の子どもと、小さなアパートで暮らす移民家庭の子どもが同じ学校に通っていました。経済状況や文化的背景の違いから、普段はそれぞれのコミュニティごとに明確な壁や派閥が存在していました。

しかし、昼休みや放課後にみんなでスポーツをしている時間だけは、その壁が自然となくなっていたのです。人種や立場に関係なく、一緒に笑い、競い合いながらプレーしていました。さらに、ヤンキースタジアムで野球観戦をした時も、応援している時間だけは、あらゆる人種やバックグラウンドを持つ人々が同じ感情を共有し、一体となって喜び合っていました。私はその光景を通して、スポーツにはあらゆる壁を越え、人々をつなげる力があるのだと強く感じました。

 

——大学時代、体育会アメフト部に所属しながら「高校の学生コーチ」という道を選んだのはなぜですか?

 

将来はプロスポーツチームの経営に携わりたいという目標があったため、早い段階から“プレーする側”ではなく、“組織を指導・運営する側”を経験したいと考えていたからです。大学のアメフト部には、附属高校を指導する「学生コーチ」という役割があり、自ら志願しました。

最初の2年間はポジションコーチとして現場を支え、その後の2年間はヘッドコーチとして高校チーム全体を率いる立場を務めました。選手としてプレーするのではなく、一歩引いた視点から組織全体を見渡し、最終的な意思決定を担えたことは、結果的に経営的な視座を養う貴重な機会になったと感じています。

 

 

——体育会時代の経験で、今のキャリアのベースになっている出来事はありますか?

 

ヘッドコーチを務めていた際に、チームの課題を見つけ出し、解決に向けて行動した経験です。当時のチームには能力の高い選手が揃っていましたが、リーダーシップを発揮する選手が少なく、チームとして意思統一ができていないという課題がありました。

そこで私は、「日本一になる」という目標から逆算し、現状のチームに何が足りないのかを分析しました。その結果、最も不足していたのは、選手同士のコミュニケーションだと考えました。

そこで、合宿中の食事の席を指定したり、ポジションの垣根を越えて会話する機会を意図的に作ったりと、自然にコミュニケーションが生まれる環境を整えていきました。また、現場の選手たちが何を考え、どのような不満を抱えているのかを幹部陣が把握できるようにし、その声を踏まえてチームの方針を決める体制に変えていきました。

その結果、組織としての意思統一が進み、狙い通りにチームの雰囲気や連携も良くなっていきました。この「目的から逆算して課題を特定し、解決策を実行する」という考えは、今の仕事にもつながる自分の強みだと感じています。

 

——卒業後、すぐにスポーツ業界へ進まず、銀行やコンサルティング会社へ就職したのはなぜですか?

 

正直にお話しすると、大学4年生の段階では、いきなりスポーツチームの経営に飛び込む決断ができませんでした。まずは大企業で基礎的なビジネススキルを身につけるべきだ、という考えもありました。

そこで、将来どの業界でも通用する汎用的なビジネススキルや、財務・戦略に関する専門知識を身につけたいと考えました。まずは金融の仕組みを幅広く学べるメガバンクに入行し、その後、「財務だけでなく戦略面も学びたい」と考えて外資系コンサルティング会社へ転職しました。

転機になったのは、コンサル時代にスポーツ関連のプロジェクトへ関わる機会を得たことです。普段から社内で「将来的にはスポーツの仕事がしたい」と周囲に発信し続けていたところ、上司がその言葉を覚えていてくださり、プロジェクトに声をかけていただきました。

実際にビジネスとしてスポーツに携わる中で、「やはり自分はこの世界で生きていきたい」と改めて実感し、念願だったスポーツ業界への転職を決意しました。現在の会社の社長とも、部活の先輩がつないでくださったご縁で出会うことができました。自分の意思や目標を周囲に伝え続けていたからこそ、チャンスにつながったのだと思います。

 

 

——体育会時代の経験が、今どう活きていると思いますか?

 

最も活きているのは、「自分が正しいと決めつけず、周囲の意見を素直に取り入れる姿勢」です。

ヘッドコーチとして高校生を指導していた頃、自分の考えが正しいと思い込んでいた結果、現場で起きている課題を十分に把握できず、うまくいかなかった経験がありました。その経験から、現在のビジネスの現場では、「自分はこう考えているが、あなたはどう思う?」と周囲に率直に意見を求め、自ら現場の一次情報を取りにいくことを大切にしています。

現在のマネジメント業務でも、悩みは尽きません。特に難しいと感じているのは、メンバーが潰れない範囲で適度な負荷をかけつつ、主体的な成長をどう引き出していくかという点です。こちらが細かく指示を出しすぎると、どうしても指示待ちの状態になってしまいます。そのため、メンバー自身が自発的に考え、ストイックに取り組める環境をどう作るかが、現在の課題です。体育会時代と同じように、相手と対話を重ねながら、試行錯誤を続けています。

 

 

——最後に、今後のキャリアに悩む現役の体育会学生へ向けたメッセージをお願いします。

 

学生のうちに、「自分の人生をかけて本当にやりたいことは何か」を真剣に考え抜いてください。

社会人になると、日々の仕事やお金、ポジションといった現実に追われ、自分の本心とじっくり向き合う時間を取ることが難しくなります。だからこそ、今の環境を最大限に活かしてほしいです。

学生という立場であれば、企業で働くOB・OGに会いに行き、直接話を聞くことができます。この環境を活かして、できるだけ多くの大人と会い、さまざまな価値観や働き方に触れてみてください。

もし「自分のやりたいことが分からない」と感じているなら、「これまでの人生で最も幸せを感じた瞬間や、心が動いた経験は何だったか」を徹底的に振り返ってみてほしいです。私自身にとっては、アメリカのスタジアムで、人種や立場の壁を越えて人々が一体になっていた光景が、その原点でした。

「自分がどんな瞬間に喜びを感じるのか」を深掘りしていくことで、自分にとって本当に幸せを感じられる場所や、目指したい方向性が少しずつ見えてくると思います。そして、見えてきた「本当にやりたいこと」を、自分の言葉で他人に説明できるレベルまで言語化しておくことが、納得感のあるキャリアを歩む第一歩になるはずです。

 

鈴木 悠仁(すずき・ゆうと)
スポーツブランディングジャパン株式会社 / プロジェクトマネージャー

慶應義塾大学在学中、母校である慶應義塾高校アメリカンフットボール部のヘッドコーチとして組織マネジメントに尽力。2018年に卒業後、新卒で三菱UFJ銀行に入行し法人営業を担当。その後、外資系コンサルティングファーム「EYパルテノン」の戦略部門でのM&A支援を経て、スポーツ業界へ転身する。現在はスポーツブランディングジャパン株式会社にて、協賛事業の推進、新規スポーツ施設の立ち上げプロジェクトマネージャーとして活躍中。また本業の傍ら、社会人アメフトチームの運営にも携わっている。